あなたは、奇跡というものを信じるだろうか?

この広い世界の中で、いや、無限の広がりを持つ平行世界の中で
ひとつの奇跡が正に今、起きようとしていた。
ある平行世界の、こちら側と似て非なる世界。
この世界では、地球上の一部の国を除いて
世界のほとんどが、社会主義、共産主義の理念に基づいた、
いや、その仮面を被った政治に席捲されていた。

その国々の人々は、世界経済の悪化に伴う大恐慌からの脱出を図るためという、
巧みな政策に誘導され、自由資本主義の殻を脱ぎ捨て、自らの運命をその指導者に託した。
革命当初は、計画経済というものが有効に機能しているかに見え、
その成果を賞賛し、参加する国々が増加してゆき、
わずか数年の間に、世界の国々の国旗は赤に染められた。
僅かにその片隅にのみ、元の国旗のデザインがあしらわれているに過ぎなくなっていた。

世界の赤化。
宗教や個人の資本はすべて政府に接収され消滅し、企業は段階を踏みながら国営化して行った。
人々は、自由な思想を奪われ、半強制的な労働力の提供を余儀なくされ、
子供たちは、平等な教育のスローガンの下に、嘘偽りで塗り固められた思想を植えつけられていった。
一部の人々は、この選択の過ちに気付いたが、時は既に遅すぎた。
それでも地下に潜り、反政府軍やパルチザンを組織し、果敢な開放運動を行うものも現れていた。
かつては自由資本主義世界の住民だった人々は、彼らの活動を応援こそ出来ないまでも、
胸のうちでのみ支持していた。それ以上のことをその国の軍、警察機構が許さなかったからだ。
少しでも「自由」などという言葉でも聴かれようならば、即刻彼らに拘束され、再教育の名目で拷問、
そして洗脳が待っている。また、密告も多く、
酷ければ家庭での親の愚痴を子が密告するという悲劇も多々起きているのが現状だったから、
人々は尚更口を閉ざすことになった。

フランス社会民主主義共和国、十数年前までは、フランス共和国と呼ばれていたこの国では、
反共地下組織の動きが活発であり、時には軍との激しい攻防戦も繰り広げられていた。
そんな中、一つの悲劇が起きた。
ある夏の深夜、パルチザン20名は政府の食料集積所を襲撃したが、
その計画が密告によって漏れており、現場のリーダーが軍の待ち伏せに気付き、撤退を指示した時には、
時既に遅く、激しい銃撃戦の末、12名という大きな人的損害を出しながらも全滅を逃れ脱出したが、
負傷した17歳の少女が一人捕虜になった。
現体制以前はコンコルド広場と呼ばれ、
現在では開放広場と改められたロータリーの中心に位置する石舞台の上に、
彼女は傷の手当もされないまま両手を鎖につながれて吊り下げられ、
そのまま食事も与えられず放置された。見せしめである。
この街で彼女は、普段から誰にでも優しく、両親思いの可愛い娘と有名だったから、
誰もが彼女のやつれ果てた姿を見上げては、いかなるすべもない己をうらみ、秘かにに祈るしかなかった。
パルチザンの仲間達も、軍の厳しい警備のため救出も出来ぬまま、
群集にまぎれその光景をただ見守るしかなかった。

拘束されてから3日目の昼下がり。彼女は最後の刻を迎えようとしていた。
『きっといつか、主が皆を救って下さる。もし私で良ければこの命を捧げます。
両親を、友人を、どうか皆を助けてください。
私の生まれた、大好きなこの街を、どうか元の幸せなあの時に戻して……。』
頭を垂れ、僅かに開かれた、その瞳から一筋の涙滴。
その一滴は浮いた足元の石畳に落ちると、
不自然なほど綺麗に五つの雫に分かれて飛び散り消えた。
その刹那、昼間だというのに上空の一点から5つの方角に向かって、
まるで流れ星の様にまばゆい光が飛び散って行った。
この現象に気付いたものは、パルチザンのリーダーを含めたほんの数名でしかなかったけれども。

そしてこの光が、次元の異なる複数の世界から、
あまたの救世主を召喚する奇跡に繋がろうとは、誰一人として知るものはいなかった。

この時点では、おそらくは……神さえも―

世界各地で確認された【特異点】

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